日野川水系の水力発電所
県営
日野川第一発電所は、治水が主な目的である菅沢ダムの付帯施設として昭和43年に完成、発電を開始しました。
完成から50年以上にわたり鳥取県の管轄で発電を行っていましたが、令和6年2月現在休業中。
M&C鳥取水力発電株式会社が運営を引継ぎ、2024年末ごろから運転を再開する予定です。
この、民間委託による運営方式(コンセッション方式のPFI)というやつについては後述します。
今回も以下のような導水経路
尾郷採水地 ⇒ 釣谷川取水口 ⇒ 菅沢ダム ⇒ 日野川第一発電所
に沿って解説する流れで行きたいと思いますので、最後までどうぞお付き合いください。
菅沢ダムの公式がすごい充実してて面白いのよ。
いっそのことそっちを見た方が早(カット)
もくじ
尾郷採水地
尾郷採水地は日南町山上福万来尾郷にあり、小原川からの取水を行っています。
菅沢ダムと同じく昭和43年に完成しました。
いまここ。
最初に、わりと曖昧になりがちな名称について、エビデンスを明確にしておきましょうかね。
尾郷採水地というのは町史に記載されている名称です。
どこからどこまでといった区切りはありませんが、ここ尾郷の地で採水を行う為の諸設備群を含めた一帯を指している…んだろう。
で、その諸設備群というやつの中に小原川取水口があります。
これは鳥取県企業局(公式)が作成する資料で随所に見られ、以下も同様です。
取水を行うための堰堤に名前は無く、堰堤によって堰き止められてできるダム湖が第一沈砂池。
取水口から小原川導水路に沿って100㍍ほど下ったところにあるのが第二沈砂池。
他の設備はキリがないので端折ります。
さて雑談。
ここ尾郷採水地で一番のチャームポイントはズバリ漏斗状の取水口です。
これは、異様に土砂の多い小原川の特性を踏まえて、導水路が閉塞することを防ぐのが目的なのでしょう。
実際いつ見ても満砂状態ですし。
注:ときどき浚渫はするらしい(町史)
また日野川第一発電所は、基本的に印賀川からの取水でやりくりしています。
しかしここ小原川は名前からもわかるとおり別の支流です。
本来そのまま日野川へ流下するはずであった水を、わざわざ別の支流へ転嫁することで発電と治水の効果を高めているのです。
特に治水の効果に注目。
何故なら、二つの支流間、すなわち霞や生山など一部の日野上地区ではこれまで、大水が出て危なかったことが何度もあるのですが、多くないとはいえ2.275㎥/秒の水を菅沢ダムという巨大な水槽へ逃がす仕組みがあるおかげで、もしかしたら何かが助かっていたかもしれないからです。
当然発電に回せる水も多くなります。
生態系や風水などへの影響はいったん置いておきつつ…
ありがとう旧建設省。
釣谷川取水口
それでは次。
日野川水系、数ある取水施設の中でも神秘のベール度No.1!
釣谷川取水口いってみましょう。
いまここ。
ここはその名のとおり釣谷川からの取水を行っており、小原川からの導水と合流して直後に菅沢貯水池へと流れ込みます。
取水量は0.159㎥/秒です。
場所は菅沢ダム近く。
迷うという程ではありませんが、忍びが通る獣道といった感じであまりお勧めするような道程でもありません。
なので、敢えて細かくは書きません。
それにしてもたったこれだけの取水を行うために、いったどれほどの苦労をしているんでしょうね…
実際私が訪れた時も、水門の周りに足跡が残っていましたので、ほったらかしでは無いらしいことが分かります。
原子炉さえ稼働すれば
円高になって燃料さえ安く輸入できれば
などと短絡的な発想に至る前に、まず目の前にあるエネルギーを大事に使おう。
そんな世論がなかなか主流にならないなぁなどと考えつつ、この小さな取水施設のこと、そして帰りの険しい道のりについて更に考えるのでした。
菅沢ダム
菅沢ダム行きます。
そもそも発電所自体、多目的ダムである菅沢ダムの付帯施設ですので、主役はあくまでもここ。
古くから地形が変わるほどの水害を流域にもたらしてきた日野川ですが、昭和9年の室戸台風をきっかけに抜本的な改修が始まりました。
特に昭和35年の直轄河川改修計画が決め手となりダム建設がスタート。
やっぱりありがとう旧建設省!
日野川水系における歴史的な水害をもたらした洪水としては、昭和9年9月(室戸台風)洪水が挙げられ、この洪水を契機に災害復旧工事や治水安全度の向上を目的とした抜本的な改修、更にはほ場整備事業と連携した改修などが行われてきました。
これまでの治水対策としては、河道改修で洪水の流下能力を向上させる方法の他に、ダムによる洪水調節と組み合わせる方法が取られています。
日野川流域では、日野川本川の中下流区間の治水対策として菅沢ダム(建設省)が昭和43年に、法勝寺川の治水対策として…(中略)
日野川水系では、昭和35 年に直轄河川改修計画が策定され、計画規模1/60 で基本高水流量を4,300m³/sとし、このうち300m³/s を上流の菅沢ダムにおいて調節し、計画高水流量を4,000m³/sとする計画が定められました。
この計画に基づき、昭和36 年より直轄河川改修事業に着手し、無堤地区や計画高水位以下の未改修堤地区において築堤が実施されました。
菅沢ダムは、支川の印賀川において昭和37 年に着工し、昭和43 年に完成しました。
また、日南湖西岸の展望台にダム之碑というのが建っています。
ちょっと読んでみましょう。
昭和三十五年於此處ダム建設起儀乎時県知事石破二朗氏来以精誠請協力地元亦快応之熟機而関係者以専心当衝見事完成雖此地深没流水久遠潤県内茲為供墳墓地人々名刻石伝後世偉可云也
石破知事の心からのお願いに対して、地元も快くこれに応じ云々。
みたいな事が書いてありますが、
根負けの感じで建設が決まった
家が水没する時のせつない気持ちは今でも忘れられない
といったような町史の聞取り内容とはずいぶん温度差がありますね。
木下町長としても苦しい立場だったのでしょう。
あと、菅沢ダム建設記録映画というのが残っているようで日南町観光協会さんがYouTubeにアップしておられます。
とても貴重な映像だと思います。
リンクしておきますのでまぁ見てごしないや。
最後に県企業局のデータ(PDF)と現地の緒元碑などから引用させていただき、次行きましょう。
名称 | : | 菅沢ダム |
高さ | : | 73.5m |
頂長 | : | 211.5m |
堰堤容積 | : | 204,000㎥ |
貯水総量 | : | 19,800,000㎥ |
湖沼名 | : | 菅沢貯水池 |
竣工式 | : | 昭和43年5月27日 |
種類 | : | 直線型コンクリート重力式 |
利用方法 | : | 治水、農業用水、工業用水、発電 |
起業者 | : | 建設省中国地方建設局 |
施工者 | : | 清水建設株式会社 |
酒井建設工業株式会社 | ||
藤原組 | ||
星野土木株式会社 |
総貯水量19,800,000㎥っていうとですね…ピコピコ
出雲ドーム40個ぶんぐらいです。
(´꒳`*)どやさ!
日野川第一発電所
それでは今回の目的地、日野川第一発電所です。
繰り返しになりますが、治水が主な目的である菅沢ダムのいち施設として昭和43年に完成しました。
菅沢ダム建設記録映画では上菅発電所と呼ばれていましたね。
いまここ。
令和6年2月現在、絶賛設備更新中ですので、どうせスペックは変更されることになるのでしょうが、いちおう従来の緒元とその他をダム同様県企業局のデータ(PDF)から引用します。
最大有効落差 | : | 127.00m |
最大使用水量 | : | 4.00㎥/秒 |
最大出力 | : | 4,300kW |
常時出力 | : | 300kW |
発電開始 | : | 昭和43年5月9日 |
導水路延長 | : | 5,675.4m |
水車型式 | : | 立軸単輪単流渦巻フランシス |
水車製造者 | : | 東京芝浦電気株式会社 |
そしていちおう設備更新中の様子と、二度と見ることの出来ない旧設備も掲載しておきます。
景観に配慮した緑の水圧鉄管を懐かしく思い出す日もそのうち来るのでしょうね…
設備更新と今後の運営
それでは座学やります。
昭和43年の発電開始から50年以上にわたって県が運営してきた日野川第一発電所も、日本中に山ほどある水力発電施設同様そろそろ大掛かりなメンテナンスが必要な時期にさしかかっていました。
そこで鳥取県が今回採用したのがコンセッション方式のPFIというやつです。
PFI(Private Finance Initiative)とは、公共事業を実施するうえで、民間企業が発注者である地方自治体と提携し、建設、運営、管理などの業務を行いながら、一定期間にわたって事業の収益を得る手法のことです。
なかでもコンセッション方式では、従来のPFIと違って施設の所有権を移転せず管理運営などを行います。
委託ってひとこと言えばそれで済むのに…
だよねw
たださすがに委託は大雑把すぎだぜ。
大きなお金が動くし、パラメータ次第で参入や運営のしやすさが変わってくるんだろう。
たぶん。
で、コンセッションというのは具体的に運営権を売却します。
このため事業を行う民間企業はこの運営権というやつを抵当にして借金(資金調達)をすることが出来ます。
それでなんでわざわざこんなややこしいルールを追加するのかというとですね。
FIT制度ってあるじゃないですか。
FIT制度
再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスなど)で発電した電力を、国が定めた固定価格で電力会社が一定期間買い取ることを義務付ける制度。
日本では2012年に導入され、再生可能エネルギーの普及促進と電力市場の活性化を目指している。
発電事業者にとっては収益が安定するメリットがあるが、電気料金に反映されるため当然消費者の負担は増える。
・どう考えても破綻する未来しかない火力
・人類には早すぎた原子力
これらに代わって、日本政府…ていうか人類は何としてでも再生可能エネルギーの構成比を増やす必要があるわけです。
しかも爆発的に。
そんななか、FIT制度のおかげで再生可能エネルギーにうま味が発生し、新規事業や既存事業の設備更新などが急速に進みます。
しかし、そんな乾坤一擲の施策にも盲点がありました。
それは…
本来営利目的を有していない事業主
すなわち自治体が発電を行っている場合、餌(インセンティブ)の効果がない
という点です。
そこで、営利企業が参入しやすくするルールを追加することで、再生可能エネルギーの普及も進むし老朽化した設備の更新も進むというわけです。
まぁどちらにしても設備の老朽化は問題ですので、FITが絡もうが絡むまいが様々な事業で今後利用されるかもしれませんね、このコンセッション方式のPFIってやつは。
特にこの超低金利状態が続く昨今に於いて資金調達の後押しがあるとい
でもアベノミクスってもう終わっちゃいまし(モガモガッ)
しー!
詳しい事は国交省の資料(PDF)に書いてあります。
そういえばJA鳥取西部が所有する小水力発電所の設備更新、管理、運営も似たような感じで京葉ガスに委託してますね。
あれは官民ではなく民民ですし、運営権の売却までやってるかどうかはわかりません。
当然PFIとかではなく、確か協業って表現をしていました。
M&C鳥取水力発電株式会社
次、めでたく事業者として選ばれたM&C鳥取水力発電株式会社について。
鳥取県営の発電所が、えーとたしか8つぐらいあるなかで
舂米発電所
小鹿第一発電所
小鹿第二発電所
日野川第一発電所
以上4発電所の管理運営権を売却する民間企業を選定するため、平成31年に鳥取県は募集を開始。
それに対して50社の応募があり最終的に絞り込まれたのが以下の4社でした。
三峰川(みぶがわ)電力株式会社
本社:東京
丸紅の100%子会社
9道県に38箇所の水力、太陽光の発電設備を持つ
M&Cの社長、現地所長、電気主任技術者等を派遣し、再整備、運営の中心業務全般を担当
中部電力株式会社
本社:愛知県
東電、関電に次ぐ業界3位の大手電力
ダム管理主任技術者を派遣し、ダム管理を中心とする運営業務を担当
株式会社チュウブ
本社:鳥取県琴浦町
芝グラウンド整備をはじめとする緑化事業、公園等施設管理を手がける会社
運営維持業務の要員を派遣するほか、再整備業務の一次下請けを担当
美保テクノス株式会社
本社:鳥取県米子市
県内最大手の建設会社
チュウブと同じく運営維持業務の要員派遣、再整備業務の一次下請けを担当
令和2年5月、三峰川電力を代表として上記4社が特別目的会社M&C鳥取水力発電株式会社を設立。
それにしてもまさか鳥取県に住んでいて、中部電力のお世話になる時代が来ようとは夢にも思いませんでした。
えっ?!
もしかして事業者選定ってガチンコだったんで(モガモガッ)
失礼なこと言うんじゃないよ!
長い時間と協議を重ねてブラッシュアップしているんだ。
あとでこれ(PDF)を読んでおきなさい。
えー、それで現地の工事工程表によると令和6年12月から運転を開始する予定のようです。
また常時出力が300kWでこれまで運転してきましたので、旭発電所や川平発電所のように減量して小水力発電にクラスチェンジするのかと思いきや、調べてみるとどうやら
最大出力
1,000kW以上
5,000kW未満
の枠でFIT制度の適用を狙っているようです。
適用条件というのがこれですな。
専ら発電の用に供し、発電設備と一体不可分な設備の大宗を占める部分を更新した場合、発電設備を実質的に全更新したものと見なせ、新設設備と同じ調達価格が適用される。
固定価格買取制度における既設の水力発電設備の更新に係る認定の考え方について(PDF)より抜粋で、その為には発電所だけでなく、ダムや1,500㍍以上の導水路を更新する必要がありますので、なるほど昨今の菅沢ダム及び小原川導水路界隈がメンテナンス祭りだったわけです。
まとめ
日野川で水力発電を営む事業主のうち、
鳥取県
中国電力
JA鳥取西部
以上の3つが既に固定価格買取制度を見越した形で設備更新を行っています。
逆に言うと、この波に乗らなければ更新費用の償却にいったい何10年かかるのかわかったものではありません。
ほんと我先にってかんじですよね。
資源エネルギー庁の人かしこい。
だよね。
北風と太陽とは正にこのこと。
話もまとまったところで今回はここまでといたします。
次回はローリングゲートで有名な新川平発電所でもやりましょうかな。